平成29年3月16日憲法審査会(枝野幸男)

○枝野委員 二十世紀の半ば以降、行政府による議会の解散権には強い制約をつけるという傾向が世界的に強まっています。
 ドイツでは、第二次世界大戦終結後、西ドイツの時代から解散権行使の要件を厳格に絞っており、内閣不信任の場合などしか解散が認められていません。議院内閣制の本家と言える英国でも、二〇一一年に議会期固定法を制定し、内閣による議会の解散は認められなくなりました。カナダでも、二〇〇七年の選挙法改正により、不徹底ながら、行政府の解散権を制約する動きがなされています。
 歴史的に見ると、王政時代に議会に対して解散権を有していたのは王権でした。議会は王権を制約するための機関としてつくられましたから、王権と議会は、対立、緊張関係にあるのが前提でした。こうした時代に、王権が議会に対抗して、これを抑制、牽制する手段として解散権が位置づけられていたのです。
 ところが、民主制下での議院内閣制ではこの前提が変わっています。内閣と議会との間には、王権と議会との間のような対立関係はありません。内閣は議会の多数派によって選出され、支えられており、行政府と議会の多数派が政治的に一体化した制度となっているからです。米国のような、議会と行政府の分離が徹底している二元代表制とは異なります。
 現在の議院内閣制では、内閣と議会の多数派で意見の違いがあっても、政治的に一体化している政府・与党内部で解決するのが基本です。このため、王政時代と異なり、解散権のような抑制、牽制の仕組みを制度的に設ける意義が原則としてはなくなっています。そして、行政府と議会の多数派が一致せずに対立し、それを政府・与党内で解決できない事態というのは、異例のこととして位置づけられます。この異例の事態が生じた場合に限って、対立を解消し、民意に基づいて国政を前進させるための手段として、解散が正当化されます。まさに内閣不信任の場合の解散です。
 しかし、それ以外の場合には、有利なときに選挙を行えるという多数派の都合以外に、解散を認める意義は乏しくなっています。内閣と政治的に一体となった議会の多数派が、もともと優位な立場にあるのに、これと緊張、対立関係にある議会の少数派に対して、さらに優位性を強める解散の仕組みは、必要ないどころか、有害である可能性すらあります。
 このように、ドイツやイギリスの動きは、王政から民主制へという時代の変化を踏まえた適切なものと言えます。我が国も、時代の変化に合わせた憲法をと言うのであれば、この問題こそ議論の中心となるべきです。
 特に日本では、衆議院だけでなく、参議院も国民による直接選挙です。地方選挙も、さまざまな経緯のもと、統一地方選挙が統一とは言えなくなっている状況です。いわば、年がら年じゅうどこかで選挙が行われているという状況。その都度多額の税金が使われ、政治の安定にも反します。選挙の機会が多ければ、それだけ参政権を具体的に行使する機会がふえて、望ましいようにも思えます。しかし、多過ぎれば、国民の関心も分散し、投票率低下の遠因の一つになっているとも考えられます。
 また、国民が時間をかけて慎重に考えた上で選挙権を行使するためには、選挙の時期があらかじめ予測できる方が便利です。政党や候補者は、時期が予定された選挙だからこそ、公約などを十分に練り上げて提示することが可能になり、有権者に十分な判断材料を提供することが容易になって、参政権の実質的保障に資することになります。そして、どの政党や候補者にも予測可能な時期に選挙が行われることで、公平性も高まります。
 解散について規定しているのは日本国憲法だけですから、この問題は、憲法審査会でなければ検討できません。憲法議論や憲法改正などを要することなく対応可能な問題よりも、憲法審査会として真摯に議論すべきテーマとして優先順位が高いことは言うまでもありません。
 なお、私がここで申し上げたのは、憲法を改定することの是非についての問題であり、現行憲法下でのいわゆる七条解散の憲法適合性についてではないことを念のため申し上げます。
 次に、緊急時の議員任期の延長について申し上げます。
 緊急事態における衆議院議員等の任期延長を議論すべきという意見は、検討に値すると思います。東日本大震災の際に被災地の地方選挙を延期しましたが、これは法律で対応可能でした。しかし、国政選挙の場合には、憲法上の根拠が必要になるのは確かです。
 もっとも、検討すべき事項は複雑かつ広範にあり、そう単純に結論を出せる問題ではありません。内閣が一方的に任期延長できるというのは論外としても、国会がみずから自分たちの任期を延長するというのはお手盛りとなりかねず、単純に過半数で認めればよいというわけにはいかないでしょう。
 また、極端な場合、衆議院が解散された後に緊急事態が生じた場合にどうするのでしょう。既に解散で一度失職した議員の資格が復活するのでは、権力の正統性に実質的な意味で著しい疑義が生じます。
 このような事態が生じる可能性を最小化するためにも、解散権行使は必要不可欠な場合に限定することが合理的ですが、それでも、内閣不信任がなされ、その後に解散するという、この場合は衆議院も内閣も権力の正統性を有しないという事態、こうした場合に、任期延長論あるいは権限が復活する論ということが果たしてあり得るのか、なかなか難しい問題ではないでしょうか。
 そもそも、緊急事態として選挙の実施が困難な場合については、曲がりなりにも参議院の緊急集会の規定があり、これを根拠に一定の対応が可能です。しかし、例えば、首都直下型地震都心部が著しい被害を受け政府も議会も機能しない場合など、想定すべき事態は多々あります。その中には、法律やマニュアルなどによって対応できること、対応すべきことも少なくないでしょう。
 一例ですが、内閣総理大臣臨時代理は第五順位まで決められていますが、これだけで本当によいのか。東京とその周辺が大きな被害を受けた場合に、立川の防災基地が本当に機能するのか。これらをきちっと精査し、すぐできることにきちんと対応しておくことがまずは重要です。
 一票の格差についても申し上げます。
 全国民の代表である国会議員の選出について一票の価値を可能な限り対等にするべきであるのは、日本国憲法の規定をまつまでもなく、国民主権と間接民主制を採用する以上、必然的要請です。しかし、同時に、選挙区という制度を採用する限り、議員が選挙区ごとの代表という側面を実質的に有していることも否定できません。
 そして、大都市と過疎地域との間の人口偏在がさらに急速に進んでいる日本の現状を鑑みるとき、一票の価値の平等だけを徹底すれば、過疎地域を代表する議員がさらに減少し、大都市を選挙区とする代表のみがふえていくことになります。このことが、国民全体の納得感や実質的に幅広い民意の反映を図るという意味で、やむを得ないと言い切ることは難しいと考えます。
 この問題を参議院における合区問題を解消する手段としてのみ位置づける見方もあるようですが、そのように矮小化された議論を進めることは適当ではありません。仮に、参議院について人口比以外の要素を取り入れる場合には、一票の価値の平等という基本原則の例外を設けるわけですから、その明確かつ合理的な根拠が必要です。そして、一票の価値の平等に基づいて選出される衆議院と、それ以外の要素を考慮して選出される参議院との間で、どのように役割や権限を明確に区分するのかという二院制の本質に関する議論が必要になります。
 当然ながら、民主制の基本にかかわる問題として衆議院としても十分な検討、議論が必要ですが、まずは、合区問題とも関連して参議院選挙制度が議論の入り口となっていることや、特に重要な課題となるのが参議院の役割や権限に関することであることなどを踏まえ、当事者である参議院において先行して議論を深めていただくのが適切です。民進党も、参議院を中心に議論を深めながら、党全体として認識の共有を図るという段取りで検討を進めています。衆議院憲法審査会としても、参議院憲法審査会の議論を見ながら、それを踏まえて取り扱いを検討すべきと考えます。
 最後に、共謀罪について申し上げます。
 参政権は選挙権だけではありません。政治的意思を表明し、言論活動や集会、デモなどを行うことも、大切な参政権の行使という側面を有しています。共謀罪は、テロ対策と名づけられた、まさに印象操作がなされていますが、本当にテロ対策として効果があるのか疑問がある一方で、集会やデモなど、参政権行使を過度に抑制するという副作用のおそれが指摘されています。
 もし共謀罪法案を強行しようとするならば、まずは、この憲法審査会において、参政権表現の自由など憲法との関連性について、具体的法案審査に先立ち慎重に議論する必要があることを指摘して、意見表明といたします。