平成29年6月16日内閣委員会(田村智子議員)

○田村智子君 日本共産党の田村智子です。
 私も、昨日の文部科学省からの文書はあったというこの記者会見を見て驚きました。これまでの私たちの質問に対する答弁は何だったのかと、これまでの答弁に数々の虚偽があったと、これもう言わなきゃいけないような事態になっています。そして、内閣府も、その調査を受けて初めて山本大臣が、じゃ、これに対応する文書があるかどうかの調査を命じたという。
 これまでの委員会で、私たち、何度も内閣府こそ調査が求められているんじゃないのかということを求めてきましたが、一切拒否していましたよね。その対応は誤りであったと、まず山本大臣、これ謝罪すべきじゃありませんか。
国務大臣山本幸三君) 文科省等の文書については、私どもはその存在について承知する立場でありませんでしたから、それ以上のことはコメントできなかったわけでありますが、ただ、その中で指摘された、私どもの担当者が総理の意向とか官邸の最高レベルが言っていることとかいうような言及がされておりましたので、そこは調べなきゃいけないということで、担当、責任者に調査を命じて、そして聞き取り調査をやってもらって、そうした発言はなかったということを二回にわたって確認して調査をして申し上げたところであります。
○田村智子君 何の反省もないんですよね、結局、その答弁では。
 今日、私も、今、櫻井議員が使った、文科省にあったと、藤原内閣府審議官との打合せ概要、昨年の九月二十六日、これ、私も配付資料として配りました。これに沿ってお聞きをしたいんですが、その前提で、この文書がなかったというふうに内閣府の調査結果が先ほど発表になったようなんですけれども、それはそうですよ、文部科学省が作成した文書でしょうから、文部科学省がお届けしない限り内閣府にはないでしょう。
 問題は、こういう文書が明らかになったら、じゃ、こういうやり取りをしたのかということを確認したのかどうかなんですよ。山本大臣、確認したんですか。こういうやり取りがあったのかどうか、藤原審議官、佐藤参事官に確認をしたんですか。
国務大臣山本幸三君) そういう、その文書についてまだ存在がはっきりしていないところで全てについてやる必要はないというふうに思います。ただ、内閣府の担当者がそういう総理の意思とかそういうことについては、そこはきちっとしなければいけないということで、二度にわたって調査をいたしました。
○田村智子君 じゃ、ヒアリングやっていないということですか。藤原審議官や佐藤参事官にこういう中身での話合いをしたのかという確認していないということなんですか。
国務大臣山本幸三君) そういう発言をしたのかどうかということについては、ちゃんと調査をして申し上げたところであります。
○田村智子君 いや、一つ一つここまで具体的なんですよ。具体的だから、一つ一つ確認していかなきゃおかしいと思うんですね。やっていないということでよろしいですね。やっていないんでしょう。答えられる方、答えてください。
国務大臣山本幸三君) そういう文書が本当に存在するかどうかということで確認がなければそういうことはできないわけでありまして、それができたということで今回調査をしたわけであります。
○政府参考人井内正敏君) お答え申し上げます。
 昨日、大臣より指示がありまして、対象者九名、地方創生推進事務局の事務局長以下九名に対して調査を行い、先ほど調査結果を公表させていただきました。その中で、実際に文部科学省側が作成したと見られる、あるいは存在していたというものについて、内閣府について言及のあるところにつきましては、九名全員につきまして、昨日三時以降、私がヘッドになりまして、やり取りがあったか、そういう話が出ていたかというのを確認しましたところ、いずれの職員からもそのような事実はなかったという答えがありましたのでそういう調査報告をさせていただいたところでございます。
○田村智子君 そのような話というのは、全部否定ということですか。この協議自体がなかったということなんですか。
○政府参考人井内正敏君) お答え申し上げます。
 調査報告の中で、特に今委員が御指摘されているんだと思いますけれども、藤原内閣府審議官との打合せ概要というのがございます。それについてまずお答えいたしますけれども、私がヒアリングをして報告書に書かせていただいたことを申し上げますと、まずヒアリング対象者全てがその文書は見たことがないということで、さらに、ヒアリング対象者の中では、この内閣府からの実際の出席者が、文章が、記載が食い違っているとか、そういう正確性に係る疑問も指摘されました。ただ、この時期、第一回今治市分科会が開催された直後であって、関係省庁と様々な調整を行っていたことから、具体的な日時は不明であるけれども、このような会合に出席していた時期であったということは事実であるという回答がございました。
 ただ一方で、この中にありますような官邸の最高レベルが言っている等の発言については、ヒアリング対象者の全てが発言していない、聞いた記憶はないと回答しておりまして、さらに、官邸の最高レベルという変わった言い方が実際に行われたのであれば強く印象に残るはずだが、自分の記憶に残っていない点からもこのような発言はなかったのでないかと思うという、そういう発言もございました。
 以上でございます。
○田村智子君 これ、中身がよく分からないんで、藤原審議官に私もう直接お聞きします。ちゃんとしたヒアリングやっていないとしか言いようがないですね。
 今もお話のあった、まず平成三十年四月開学という言葉を、じゃ使ったんですか、九月二十六日。平成三十年四月開学、スケジュールを作成し、こういう言葉を使ったんですか。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 内閣府としまして、全ての項目でございますが、規制改革を推進する立場ということで、スピーディーかつ法令に基づいて規制改革を実行すべきという考え方を持って関係省庁との事務的な議論をしているところでございます。
 文科省との事務的な議論の中で、この時期でございますが、この官邸の最高レベルが言っているということで、三十年四月の開学を大前提に、逆算して最短のスケジュールを作成し、共有いただきたいというふうに申し上げたことは認識してございません。
○田村智子君 いやいや、ちょっと、逆算して最短のスケジュールは言ったという意味ですか。もう一度。逆算して最短のスケジュール。
○政府参考人(藤原豊君) 逆算して最短のスケジュールを作成して共有いただきたいなどと申し上げたことは認識してございません。
○田村智子君 待って、待って、ちょっと待って、済みません。じゃ、開学の時期、スケジュールについて、平成三十年四月開学と、こういうことを言ったのかどうかって聞いているんですよ。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 この時期でございますので、各省の役割分担でございますとか、こういった仮に規制改革が実現したときのスケジュール感につきまして議論をさせていただいておりますが、開学時期を明示しながら、あるいは選択肢の一つとして議論したことはあったかもしれませんけれども、それを前提にした議論ということは全くないと思っております。
○田村智子君 いや、口にしたんでしょう、平成三十年四月って。口にしなかったらメモにならないでしょう。
○政府参考人(藤原豊君) そこの会議で何をどう発言したかというのは全く記憶にございません。ただ、申し上げたいのは、これスケジュールにつきましては様々なブレーンストーミング文科省ともやっておりますので、その中で選択肢として一つ二つ、その中で最短のスケジュールという意味では平成三十年四月のスケジュールというのはあったと思います。
○田村智子君 もう記憶にないんだったら、文科省の方が記録しているからこれが真実だというふうに考えるしかないじゃないですか。あなたは何をお話ししたか記憶にないと言うんだから。そうでしょう。そうですよね。
○政府参考人(藤原豊君) 繰り返しになりますけれども、最短のスケジュールということで、選択肢の一つとして議論があり得たというふうに思っております。
○田村智子君 じゃ、最短のスケジュールは平成三十年四月だとあなたは口にしたということを今お認めになったと、そういうことだというふうに考えます。
 そのときに、確かに、総理の御意向というふうに言ったか、まあ総理のと、官邸の最高レベルですね、ここは。こういう言葉じゃなかったかもしれないが、あわせて、こういう規制緩和は進めることが総理の御意思だということを言ったということなんですよね、先ほどからの答弁は。そうですよね。ここで、国家戦略特区で進めている規制緩和というのは、安倍総理自身の御意思でもあるということを言ったということでしょう。さっきの櫻井さんへの答弁はそういう中身だと思いますが、違いますか。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 全ての項目、分野につきまして、全般的に規制改革を進めてくれと総論的な御指示を総理からはいつも諮問会議の場ではいただいていると思っています。
 そういった総論的な、進めていくべきだというお話を受けて、私どもは各論につきましてもそういった進め方をさせていただいております。これは、いつもワーキンググループ等々でも、民間の委員の方もそうですが、私どももそういった意識で仕事をさせていただいておりますので、そういった意味で、過去にあるいは直近に行われました総理の明確な御指示を受けて仕事をさせていただき、かつ発言をさせていただいたことはあり得たと思いますが、日程は定かではございませんけれども、この会合、こういった打合せの場でそういったことまで申し上げたかどうかというところにつきましては定かではございません。
○田村智子君 もう、ただ、言っていたということですよね、こういう三十年四月開学ということも口にし、そして規制緩和というのは、総論かもしれないけれども、これは常々総理の意思だということもわざわざ文部科学省との打合せの中でこれは述べていたというふうに、今もう認めたというふうに私は思いますよ。
 じゃ、次、二つ飛ばしての四つ目の丸のところで、「今治市構想について、獣医師会から文科省農水省に再興戦略を満たしていないと指摘する資料が届いており、簡単ではない旨の指摘に対し、」と括弧付け。これは、文科省の方から指摘をしたという意味でしょう。獣医師会から意見が来ていて、今治市のでは新たな需要とか、これクリアできていないと、これまでの既存の大学・学部で対応できないこと、そういう中身になっていないと、こういう意見が届いていると、こういう指摘が文科省からあった。
 そのときに、藤原審議官は、必要であれば、成田のときには医師会を呼んだと、だから、今治の分科会で獣医師会を呼ぶこともあるんじゃないかという趣旨のことを述べているというふうに書いてあるんですよ。ただし、成田の場合は反対派は呼んでいないが、有識者を呼ぶ回をつくった方がよければやると、こういうやり取りはあったんですか。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 ほぼ一年前に成田市におきます医学部の議論が行われておりましたので、その様々なやり方につきまして、方法論につきまして、幾つかの選択肢を文科省の担当の方々と御議論をさせていただいた時期だというふうに思っております。
 ただ、この分科会に医師会云々のくだり、そこまでの議論がここで行われたということは認識してございません。
○田村智子君 文科省から、今治市構想についてこれこれの資料が届いているという御質問はあったということでよろしいんですね。
○政府参考人(藤原豊君) 大変申し訳ございませんけれども、この場でそういったお話があったかどうかということにつきましては定かではございません。
○田村智子君 藤原審議官、知っていましたか、今治市構想について、獣医師会からこういう意見が文科省農水省に届いている、それは知っていましたか。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 当然のことながら、ずうっと告示改正ができなかった問題でもございます。大変長い間、議論を重ねてもできなかった話でございますので、大変文科省の方々も慎重であったことは当然認識しておりますけれども、明示的に、獣医師会からこういった資料が届いておるというふうな御指摘につきましては、私は記憶にございません。
○田村智子君 こんな大切な問題を進めるのに、そこで情報共有ないということですか、文科省との。獣医師会からこういう意見届いていると、情報共有なかったんですか。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げますけれども、管理職レベルでの議論というのは、当時、もう二、三回やったというふうに記憶しておりますけれども、様々なレベルでの議論あるいはやり取りというのをやっておりますので、その中でそういった話があったかもしれませんが、少なくとも私はこの点につきましては記憶にはございません。
○田村智子君 じゃ、このヒアリングの中で、そのまず平成三十年四月開学というのは言葉としてあっただろうと。今治市ということは言葉としてあったんですか、ヒアリングの中で、文科省とのこのやり取りの中で。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 このヒアリングといいますか打合せが、この時点、時期、何分間、どういうメンバーでというところにつきましても定かではございませんけれども、この時期に行われている議論の中で、この獣医学部新設についての議論をする中で、まだ、京都の提案というのも本格的に詳細なものが出てきましたのは十月でございましたので、この時期に本格的にこの議論をするということにつきましては、対象候補の一つとして今治市の議論があったというふうには認識しております。
○田村智子君 今治市の名前も挙がったと。
 で、そのもう一つ飛ばしたところに、これも文科省からの問い、他の新設提案者はどうするのかとの問いに対して、成田市の際には三省方針に一校と記載をしたと。こういうやり取りはありましたか。
○政府参考人(藤原豊君) この会議かどうかは分かりませんが、先ほど申し上げましたように、成田市のケースと同じ告示でございますので、成田での進め方というのを一つの参考にしながら様々な議論をさせていただいたということはございました。
○田村智子君 他の提案者との関係はどうするのかと、他の新設提案についてはどうするのかと、こういう問いはあったんですか。
○政府参考人(藤原豊君) お答え申し上げます。
 そういった問いがあったかどうかというところももちろん定かではないのでございますけれども、一般論として、こういった議論、成田のときもそうでしたけれども、私ども、そういったブレーンストーミング、何者もこういった事業候補者が出てくる可能性というのは十分あるわけでございますので、様々なブレーンストーミングをさせていただいた時期だというふうに認識しております。
○田村智子君 この時点でもう他の提案者というのは京都しかないわけですよ。それじゃ、京都というのが出てくるのをどうするのと、成田の場合は一校に限りと書いたから、今治に落ちるようにできるよというやり取りにしか取れないんですよ、これは。
 山本大臣、これ、ちゃんとしたヒアリングやっていないじゃないですか。一つ一つ、ここに書かれていることの、じゃ、意味が違うとか、言っていないんだったら何を言って何を言わなかったのか、こんなの確認するの当然じゃありませんか。やっていないんでしょう、それを。
○政府参考人井内正敏君) ヒアリングの中で個別に、どこについてということではないんですが、内閣府に特に言及をされていて、その問題と今されている点につきましては特に御本人からも詳しくヒアリングをさせていただきましたし、さらに、周りに他の職員がございます、その中にも、こういう発言があったかどうか、そういうことについて詳しく聞いております。そういうところにポイントを絞って、しっかりと調査を実施したことでございます。
○田村智子君 これ、答弁になっていないんですよね。
 私は、もちろん官邸の最高レベルが言っていることということを言ったかどうかというのは重大な問題だと思いますよ。だけど、私がこれまでずっと質問してきたということは、内閣府自身が今治市ありきで様々な協議を今治市と行い、そして文科省農水省を言わば圧力掛けてそれに屈服させてきたんじゃないのかということをずうっと聞いてきたんですよ。前回の質問では、今治市から出てきた平成三十年四月開学、こういう予定を今治市がスケジュールとして持っていたと、そのメールが内閣府にも届いていると、それをお認めになったんですよ。場合というのを付けたけど、平成三十年四月開学の場合というふうにおっしゃいましたけれども、それが最短のスケジュールだという認識が内閣府にあったということを追及してきたんですよ。
 ところが、山本大臣は、私の質問に対して何度も何度も、事前に提案者との協議はありません、今治市がどのように判断しているかについて私どもはそれを承知しておりません、さんざんそういう答弁を繰り返しているんですよ。違うじゃありませんか、文部科学省から出てきたのは。ほかの文書だって、今治市という言葉が出てくる、平成三十年四月開学、そういう言葉がたくさん出てくる。今治市とそのスケジュール感を共有して、その今治市に結論が出るように、つまりは加計学園に結論が出るようにと、こうやって文科省農水省とのやり取りを進めてきた、これ以外に出てきた資料の説明は付かないんですよ。そうじゃないですか。
国務大臣山本幸三君) そんなことはありません。
 それぞれ、私どもは、まず制度を改正するかどうかを決めるわけであります。つまり、獣医学部の新設を認めるかどうかということをまず制度改正として決めるわけであります。これは、ワーキンググループの有識者ヒアリング、そして区域会議、最終的には十一月九日の特区諮問会議で、そういう、制度を変えて獣医学部新設をやりましょうということをまず決めるわけでありまして、その前段階で今治市ありきなんということはありません。
 ただ、今治市が従来から長い間を掛けてそういう提案を熱心にやってきたということは十分承知しているわけであります。そして、ほかのところも手を挙げてきたということも承知しております。
 しかし、そういうことを承知しておりますけれども、やることは、まず制度を変えて獣医学部の新設を認めるかどうかということを決めて、それから、今度はパブリックコメント等を経て、そして最終的に一校に限ると。そして、最後の段階で、一月四日に今治市で公募をするということは、それは私が最終的に判断しました。しかし、制度を変える前に、経緯はそれぞれの地域等からもありますけれども、一切その段階で今治市ありきということはありません。
○田村智子君 今の答弁が覆る資料が文部科学省からこれだけ出ているんですよ。そんな言い逃れが通用するはずがありません。
 徹底的な審議を引き続き求めて、質問を終わります。