どれほど言葉を尽くしても、人は聞きたくない言葉というものには絶対耳を傾けないのだろうか。脱力するほかない記事を見かけた。
私も何度も見ました。
「人を見捨てる技術」とは何なのだろうか。福耳氏はそんな話は一度もしていない。
してますね。
絶対的に医療資源が不足しているところでは、「もう助かりそうにない患者」と「患者自身が処置したら大丈夫な患者」はカテゴライズして分けて、その間の「治療しなければ助からないが治療すれば助かるかも」というところに有限の医療資源を配分する、というシステムがあるんだよ、ということを説明したら、
http://d.hatena.ne.jp/fuku33/20080522/1211444127
とか
「可哀想じゃないですか致命傷の人を見捨てるなんて」。でもそういう非常事態では、特に医療資源は有限だからこそ、適切に配分しなければならないという考えなんだよ、とくどく説明した。
とか、しかも最後には
「全体や組織から見た最適」というのはコンセプト自体が頭の中にないのだ。
でしょう。「全体の最適」のために見捨てられる人がいるとはっきり書いてあるじゃないですか。
猿ではわからん「トリアージ騒動」5つの誤解 - 吾輩は馬鹿であるなんて反論にも擁護にもなっていないことは何度も述べた通り。
どれほど言葉を尽くしても、聞きたくない言葉というものには絶対耳を傾けない人はいるのである。