安保法制における存立危機事態

今回の安保法制で問題になっているのが事態対処法で規定される「存立危機事態」である。

(定義)
第二条 この法律に(第一号に掲げる用語にあっては、第四号及び第八号ハ(1)を除く。)おいて、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(略)
  存立危機事態 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。

とされており、「新三要件」のうち「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」た場合ということで「我が国の存立が脅かされ」ていることに対して「我が国を守るための」集団的自衛権を発動できるという事態である。すなわち日本の領土領海への直接の武力行使が行われていないが、それと同等の切迫した事態であるということになる。
この時には

八 対処措置 第九条第一項の対処基本方針が定められてから廃止されるまでの間に、指定行政機関、地方公共団体又は指定公共機関が法律の規定に基づいて実施する次に掲げる措置をいう。
 イ 武力攻撃事態等を終結させるためにその推移に応じて実施する次に掲げる措置
 (2) (1)に掲げる自衛隊の行動、アメリカ合衆国の軍隊が実施する日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安保条約」という。)に従って武力攻撃を排除するために必要な行動及びその他の外国の軍隊が実施する自衛隊と協力して武力攻撃を排除するために必要な行動が円滑かつ効果的に行われるために実施する物品、施設又は役務の提供その他の措置
ハ 存立危機事態を終結させるためにその推移に応じて実施する次に掲げる措置
 (1) 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃であって、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があ
るもの(以下「存立危機武力攻撃」という。)を排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動
 (2) (1)に掲げる自衛隊の行動及び外国の軍隊が実施する自衛隊と協力して存立危機武力攻撃を排除するために必要な行動が円滑かつ効果的に行われるために実施する物品、施設又は役務の提供その他の措置

というように外国軍隊への「後方支援」を行えると規定されている。
与党側はそのような事態の想定としてホルムズ海峡での機雷の敷設や日本近海での米国イージス艦への攻撃を挙げていた。またホルムズ海峡での機雷敷設に対しては停戦を前提とせずに例外的に掃海行為ができるとまでしていた。


○高村委員 一般に海外派兵は行わない、そしてペルシャ湾の機雷掃海は例外的に認められる場合がある、こういうふうに総理はおっしゃった。中谷防衛大臣は、新三要件に当たればできることがあると。お二人とも当たり前のことを言っているので、二人がおっしゃっていることは全く矛盾しない。
 それで、もしかしたら一般の方がちょっと心配するかもしれないのは、海外派兵の例外、三要件に当たる場合が中東や何かでそんなにあるかといったら、私、いろいろ考えてみたんだけれども、総理が挙げているペルシャ湾の機雷掃海ぐらいが限界事例であります。そのほかに中東で、新三要件に当たる、特に肝の部分の、国民の生命、自由、幸福追求の権利を根底から覆す明白な危険がある場合に当たる場合があるかといったら、私、なかなか想定できないんですよね。
 ですから、当たる場合は例外であるということで、絶対ないと断言することはできないにしても、まあほとんどない、現実の問題としてほかに中東あたりで例外は想定できないと私は思っているんですが、総理のお考えをお伺いしたいと思います。
安倍内閣総理大臣 三要件に当てはまればそれは法理上あり得るということも今まで申し上げてきたわけでございますが、しかし、新三要件、そして第三要件の必要最小限度の実力行使にとどまるべきことということの中、これは非常に厳しいですから、この中において想定し得ることについては、ホルムズが機雷封鎖された際に、かつこれが相当甚大になっていけば、これはまず受動的、制限的な外形上の武力の行使にはなりますけれども、いわば事実上戦闘行為が行われていないところで受動的、制限的に行う、危険物を除去していくという行為でありますが、国際法的には武力の行使になる。これは最小限度の中であろう。一般にの外になる。しかし、第一要件に当てはまるかどうかというのは、その事態が起こらなければ総合的な判断というのはできないわけであります。
 そこで、これぐらい厳しいわけでありますし、今、第一要件として挙げられた、第三要件をクリアするものも恐らくそうないんだろうと思いますが、特に第一要件においては、我が国の存立が脅かされ、そして国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険ということでありますから、これは現在、ほかの例というのは念頭にはありません。
ホルムズ海峡に機雷が敷設されて原油を運ぶタンカーが通過できなくなることで原油の輸入が滞って国民生活に影響が出るという理屈である。与党側は特定の国が機雷敷設することは想定せず一般論だと言うが、ホルムズ海峡はイランとオマーンの領海でありこのような議論を行うことでイラン側から「ホルムズ海峡は自分たちも通商に使っている航路であって機雷を自ら敷設することはありえない」と外交ルートで不快感を伝えられてもいる。またここ数年でイランの核開発で欧米の経済制裁が行われており対立もあったが、ちょうどこのタイミングで話し合いがまとまり解決に向かっている。そもそもホルムズ海峡を原油の通商ルートで使っているのは日本だけではなく、日本が原油を求めて停戦前に機雷掃海をするという「武力行使」をするのは70年前の太平洋戦争の再現だという批判が強くおこった。
また米国の艦船への攻撃で存立危機事態になりうるというのは日本近海で単独でミサイル防衛に当たっているイージス艦が攻撃を受けた場合にミサイル防衛システムに穴が生じることで日本がミサイルの標的になりうる。それを防ぐためにイージス艦自衛隊が防御知る必要があるという理屈である。しかしそもそも米国のイージス艦が無防備な単独で行動することはありえないし、イージス艦が一隻だけ機能しなくなってもミサイル防衛システムに影響が起こるような脆弱なものではない。
結局「存立危機事態」に対するきちんとした立法事実がまったく示されていないこと、「存立危機事態」を認定する外形的基準が示されないまま「総合的に判断する」という答弁しかしておらず時の内閣に判断を全て任せるような法制となってしまっている。